私たち学生にとっては一番忙しい時期がやってきました。
５月の末に今年度の授業が終了します。歌とピアノの１年間の成果を発表するエンディングコンサートの練習と、課題のレポート提出と発表の準備のための日々が続きます。
私もクラスメートたちも、いつもより多くの時間をピアノの前で過ごすようになりました。
私が練習を終えて家に帰ろうと支度を始めると、友人が部屋に入ってきました。
「今晩９時から村の集会場で生バンドの演奏付きでダンスパティーがあるのだけれど、興味ある？」と彼女が訊ねました。
「前からフィンランドのフォークダンスを踊ってみたいと思っていたから、とっても興味があるけれど、でも、なんで今日なの？今日はなにか特別な日なの？」と私が聞き返すと、
「明日はVappu（ヴァッポ）の日よ！フィンランドでは前の晩からみんなで騒ぐ日なのよ」という答えが返ってきました。
そうです、明日５月１日はメーディー（労働者の日）です。フィンランドでは、ミッドナイトサマー（夏至のお祭り）、大晦日、そして、このVappuの日の前日は警察が忙しいといわれるくらい町は賑やかになります。
暗く、冷たい冬が長い間続くフィンランドにとって、今は光がキラキラと眩しいくらい輝く時期です。花という花は一斉に咲き始めます。
春の訪れとともに人々の心も解放されます。日が出ている間は室内で仕事をしているよりも、なるべく屋外で過ごしたいと思っているのではないでしょうか。
人々が心から太陽の光を喜び、浮きたっているのがわかるからです。
Vappuとは女性の名前です。４月２９日はTeijo（テイヨ）さん、３０日はMirja（ミルヤ）さんというように、フィンランドでは日付に名前が付いているのです。そして、５月１日はVappuさんの日。
私は時計を見るともうすでに８時半になっていました。ダンスパーティーに行くのだったら、着替えをしたいし、ダンスのパートナーも見つけなければなりません。
それに私はとても疲れていました。それで家でゆっくり過ごすことにしました。
Vappuの日だけに食べる特別なものがあります。それはTippaleipä（ティッパレイパ）という毛糸玉のような形をした揚げドーナツのようなお菓子です。周りには御砂糖がまぶしてあって、中にクリームが入っています。
それともうひとつ、Sima（シマ）という飲み物です。グラスに注ぐと小さな泡がパチパチと広がります。薄いベージュ色で、甘いレモンの味がします。
イーストが原材料に使われているので、発酵飲料になります。今はスーパーでいろいろなメーカーから出ているSimaを買うことができますが、昔はそれぞれの家庭の味があったそうです。
私は友人と一緒に、夕食にSimaで乾杯しました。明日のVappuの日は学校も休みですし、ゆっくりと過ごすことができます。
町の喧騒とは違いますが、キッチンに座っていろいろな話が弾み夜は深けていきました。
Vappu当日は階下のキッチンからの物音で目が覚めました。枕もとの時計を見るとまだ6時半です。コポコポとコーヒーメーカーのお湯が沸いている音が聞こえます。
昨晩私たちは夜中の２時過ぎにベットに入ったのに、ルームメイトはもう起きたようです。
今日は学校はお休み。私は眠りたいだけ眠れるんだ。なんて幸せなんだろうと思いながら、また枕に顔を埋めて眠ってしまいました。
次に目が覚めたのは、もう１０時近くでした。お日様の光が部屋に差し込んできらきら輝いています。
家の中はしーんとしていて、何の物音も聞こえません。どうやら家の中にいるのは、私一人のようです。
顔を洗って、遅い朝ご飯を食べていると、友人が外から帰ってきました。
「学校に行って練習をしていたのだけれど、お腹がすいたので帰ってきた。何かつまんだら、また学校に戻って練習をする」と言います。
彼女は最終学年の４年生です。４年生は一人で１時間ほどのコンサートを開きます。歌う曲は２０曲くらい。家族や友人、お世話になった人たち、学校の近所の人たちも招待されて盛大に行われます。
彼女はそのコンサートに向けて猛練習をしていました。
彼女と共にいるキッチンの窓から見える外の世界は、とても輝いて見えました。空は真っ青で雲一つありません。木々は心地よい風にそよぎ、鳥たちは歌い踊るように飛んでいます。
私は彼女に提案をしてみました。
「こんな気持ちのよい日に、外でご飯を食べるのは素敵じゃない？私がこれからお弁当を作るから、一緒に湖か川にピクニックに行こうよ！私がお弁当の準備をするにはまだ時間がかかるから、それまであなたは練習してられるし、そうしたらまたお腹が空いて、ご飯を食べたくなるわ」と。
彼女は笑顔で私の誘いに乗りました。
私は彼女に学校に戻って、先生やほかの学生も居たら、ピクニックに誘ってみてと頼みました。
彼女から電話をもらい、私は５人分のお弁当を作る事になりました。
今家にある食材からお弁当を考えます。メニューは、チーズとハムのホットサンドイッチ、ポテトサラダ、りんごのケーキに決まりました。
ポットに入った温かいコーヒーとブラックカレントジュースは先生が用意してくれました。
お皿とコップ、フォークを籠につめて準備は整いました。
出典：unsplash.com
私たちは車に乗り込んで、近くの湖へ出発しました。ちょうど川が湖に注ぎ込んでいる合流地点で、静かなところです。
ゆっくりと湖畔で過ごした後、私たちは学校にあるサウナに入るために戻りました。
