
最近、
頭では「大丈夫」と思っているのに、
なぜか眠れない夜はありませんか。
もう終わったはずのことが、
身体のどこかに残っているような感覚。
私たちは案外、
自分の内側の声を置き去りにしたまま、
日常を進めているのかもしれません。
私たちの中には、三つの知性があると言われています。
頭の知性。
心の知性。
そして、身体の知性。
頭は考えます。
整理し、理解し、意味を見つけようとします。
心は感じます。
言葉になる前のざわめきや、
理由のはっきりしない違和感を。
そして身体は、もっとも正直に反応します。
本当は何が無理だったのか。
何がまだ終わっていないのか。
それを静かに知っています。
でも、頭が優位になっていると
身体の声は見過ごされてしまいます。
先日、夫が入院をしました。
そして、退院してほっとしたその晩、私は突然体調を崩しました。
夜中に何度も目が覚め、身体が強く反応しました。
頭では安心しているはずなのに、
身体はまだ何かを抱えていたのかもしれません。
そして次の晩、象徴的な夢を見ました。
この一連の出来事のなかで、私の内側に起こっていた心の動きが、
少しずつ整理されていくような夢でした。
目が覚めたとき、夢をノートに書き留めていきました。
そして、ジャーナリングしながら、
ふと気が付いたのです。
身体が外に出したものと、
夢が見せてくれた様々な象徴は、
同じ流れの中にあったのではないかと。
未消化だった感情が、まず身体を通って外に出る。
そのあと夢が、心にそっと理解を手渡してくれる。
頭で無理に意味づけをしなくても、
内側ではちゃんと順番があったのだと感じました。
そして、私が感じたこと、とったリアクション、
そのプロセスを夢はいくつもの象徴をストーリーの中に
配置して私に分かるように整理してくれました。
頭の知性。
心の知性。
身体の知性。
どれか一つが優れているのではなく、
それぞれが役割を持ち、静かに連携している。
統合とは、常に完璧でいることではなく、
揺れながらも、つながり続けていること。
三つが循環しているとき、
人は思っている以上に守られているのかもしれません。
あなたの中の三つの知性は、
いま、どんな対話をしているでしょうか。
オンアトーラメソッドで私が大切にしているのは、
この「身体の知性」に耳を澄ませていく時間です。
私たちは普段、頭の知性をとてもよく使っています。
考え、判断し、正解を探すことに慣れています。
けれど、思考が前に出すぎているとき、
身体の声はとても小さくなります。
メソッドでは、まず思考の力を少しゆるめます。
コントロールしようとする力をいったん脇に置き、
ただ感覚にとどまる練習をします。
すると、静かだったはずの場所が、
ゆっくりと息をし始めます。
「あ、ここにまだ残っていたんだ」
そんな発見が、そっと起こります。
身体の知性は、急がせません。
でも確実に、心と頭を本来の位置へと戻してくれます。
三つの知性が再びつながるとき、
人は無理にがんばらなくても、
自然な方向へと歩き始めます。
それは特別なことではなく、
本来みんなが持っている力に戻っていくプロセス。
その時間を、私はご一緒しています。
まずは、今日一日、ひとつだけ身体の声を拾ってみてください。
明日も良い日になりますように。
今日も最後までお読みくださり、
ありがとうございました。
アトリエ・カンテレ 平井久仁子
