暑さに置いてきぼりにされていた
心と身体は、今週になって少し調子を取り戻してきました。
フィンランドに住んでいた頃、
歌の学校のすぐ近く、歩いて2分程の所に、
家を借りていました。
学生3人で住んでいました。
大家さんは麦を栽培する農家で、
大家さんの家と、私たちが借りている家は
その広大な麦畑の一角に並んで建っていました。
私たちが借りていた家は、かつては、
大家さんのご両親が住んでいた家でした。
黄色い外装の2階建てで、
玄関を入ると右にトイレとサウナ、
左には2畳ほどの洗濯室があります。
そのまま進んで、ドアを開けると、
居間に入ります。
居間の隣に、キッチンと寝室があります。
私の部屋は、キッチンの奥の螺旋階段を
昇った2階です。
2階はその他に、物置になっていて、
スキー、スケート靴などの季節物や使われない家具や寝具、
カーペットなどが仕舞われていました。
その先に、小さなドアがあり、
そこを開けると、もう一つの部屋に入れます。
この部屋への出入りには、
一階の玄関の脇に階段があり、
その部屋に入るための専用の階段でした。
私たちは、その部屋のことを離れと呼んでいました。
9月の新学期を迎えたある日、
その離れの部屋に、新入生が入居することになりました。
真っ青な瞳の持ち主で、
髪の毛すべてが、アンテナのように空に向いて立っていて、
黄金色に光っていました。
その姿はまるで、ライオンのたてがみの様でした。
ムースなどを使ってスタイリングしているわけではなく、
それが彼の自然の姿なのです。
私とは14歳の年の差があります。
1階にある居間を私たちは
共有のスペースとして使っていて、
冬の間は、折り畳み式の洗濯干し台を床の上に設置して、
そこで洗濯物を乾かしていました。
彼が越して来て間もなくのある朝、
私が2階の部屋からキッチンへ降りていくと、
彼が朝食を作っていました。
よく見ると、彼は私のブラウスを着ていました!
それも花柄のお気に入りのものです。
私はびっくりして、
「どうして、私のブラウスを着ているのよ!」と叫びました。
彼は平然と朝食用のオートミールをかき混ぜながら、
「居間に干してあったブラウスが綺麗だったから、
今日はこれを着て学校に行こうと思ってさ」
と答えたではありませんか!
目の前に起っていることが
これは本当に現実なのかと混乱しているところに、
その彼の答えをきいて、
彼の思考回路がなんでそうなるわけ?と、
まったく理解することができませんでした。
またある時は、
入手困難なコンサートのチケットを
やっとの思いで手に入れて、
彼も含めた友人達でそのコンサートの日を
心待ちにしていました。
彼は、コンサートの時にこの白いジャケットを着ていきたいんだけど、
何か足りない。襟の所に造花のコサージュを付けたいと言って、
何日も蚤の市を廻って探しました。
そして、青いバラのコサージュが見つかったと喜んでいました。
コンサート当日、私たちは支度を終えて、
玄関で彼を待っていました。
彼は普段の格好で現れて、コンサートには行かないと言います。
「バラのコサージュも準備したのに、行かないの?」
「今日はコンサートに行く気分じゃないんだ。僕は絵を描いているよ」
私は彼の行動や言動に、驚いたり、動揺したり、呆れたりしましたが、
でも、この時の彼との関係を見つめ直してみると、
私は彼から、私の本質に繋がっていなかったことに気が付かされます。
無邪気さ、純粋さ、正直さ、好奇心、信頼、意志、決断、行動
彼みたいな人に出会ったのは、初めてでしたし、
彼のように私に接してくる人も初めてでした。
私は彼には怒ったり、腹を立てたりしていたけれど、
でも、心底、嫌いではありませんでした。
それは、彼との理解できない出来事のお陰で、
私の固定観念を壊してくれたからだと思います。
きっと今だったら、
花柄のブラウスを着て行っていいよと
彼に言ってあげられると思います。
あなたの中に、このようなひそやかな、
でも大切にしている話はありませんか?
普段の会話では話されない話が、
きっと誰の中にもあると思います。
ミナ☆アイカ(私の時間)では、
そういう話を話してもらう時間です。
私の為の時間です。
歌唱療法士 平井久仁子