7月4日から2週間、私はフィンランドの北部、北極圏に位置するラップランドで過ごしました。フィンランドに来てから、いつか行きたいと憧れていた場所です。
ラップランド行きが決まったのは、まだ雪深い季節でした。学校のキッチンでみんなでお茶を飲んでいた時に、私はクリスマス休暇にラップランド行きを計画したけれど、夏よりもホテルの料金が高くてあきらめたことを話しました。
先生がラップランドに友達がいると言って、すぐその場で電話を掛けてくれました。すると、夏に発掘作業があり、もし興味があったらそれに参加して、食事作りも手伝ってくれないかと先方から提案がありました。私は面白そうと思ったので、「ぜひ、行きます!」とその場で返事をしました。
先生が電話を切ってから、いったい何人分の食事を作るのか、どんな場所なのか、どんな人が集まるのか、そういった詳細を何も確かめないで返事をしたことを思い出しました。
先生が言うには、その友達はトナカイの飼育をしている人で、私が想像もできないくらいの都市生活からかけ離れた場所だと言います。いったいどんなところなんだろう?と益々今年の夏が楽しみになりました。
ついにやってきた7月4日、友達に最寄りの駅まで送ってもらい、深夜0時10分発の寝台列車に乗り、ラップランドの玄関口ロバニエミには朝の7時50分に到着しました。そして、長距離バスに乗り継ぎます。
目的地のヴオッツォまでは3時間の道のりです。列車の中で殆ど眠ることができなかったので、さすがに疲れてバスの中では熟睡してしまいました。運転手さんに「君の降りる停留所に着いたよ」と起こされました。乗るときに頼んでおいて良かったです。
停留所に降り立つと、そこは小さなレストランの前でした。道を隔てた向かいには、ガソリンスタンドを兼ねた小さな食料品店が建っています。バスはどこまでも真っすぐに続く道をさらに北に向かって走り去りました。
車で迎えの人が来てくれて、そこからさらに40キロ先の最終目的地ムテニヤへ向かいます。ここの食料品店が一番近いお店なので、数日分の食料を買いこみました。
車は出発すると直ぐに大きな幹線道路から右にそれて、舗装されていないでこぼこ道を走り始めました。森の中の道をひたすら走り抜けます。だんだんと道幅も狭くなって、車のスピードもだいぶ押さえてゆっくりと進みました。
私の暮らしている地域の森と、ここの森を比べてみると森の雰囲気が全然違って見えました。白樺の木がもっと細くて、低いことが解りました。葉っぱも小ぶりです。
すると、突然森の中からなにか大きな物が道の真ん中に飛び出してきました。トナカイの群れです。20頭くらいはいたでしょうか。小さな子供のトナカイも混ざっています。
ラップランドでは至る所でトナカイが放牧されているのです。
彼らにとっては、車の通る道なんてお構いなし。自分の庭というように、呑気に道を横切ったり、真ん中を大きな顔をして歩いています。
人間の方がトナカイの放牧場を借りて住まわせてもらっているといった方がよいかもしれません。気まぐれなトナカイの群れが通り過ぎるのをしばらく待って、また先に進みました。
森を抜けると視界が急に広がって、大きな湖が左手に見えました。右は見渡すばかりの大草原。黄色い花が草原を覆っていました。
赤い大きな平屋建ての木造の家とサウナ小屋が見えました。私より1日早く着いた人たちが玄関で迎えてくれました。
私を入れて全員で7人。これから2週間を共に過ごす人たちです。私の他はフィンランド人ばかりです。それぞれの自己紹介が終わると、お腹は空いていないか、疲れていないかとみんなが気を使ってくれました。
私は少し部屋で休ませてもらうことにしました。
荷を解いてから、ベットに横になると、いつの間にか深い眠りに落ちていました。
目が覚めるともう夕方の5時になっています。みんなが発掘作業をしている場所に行ってみると、今日の作業を終えようとしている所でした。
私はみんなの食事作りのお手伝いにも来たのに、初日からこれでは失格です。
そして、トナカイ牧場だと聞いていたのに、トナカイも一匹もいません。それで思い切って、みんなに聞いてみました。
「あのう、トナカイ牧場主の方はどなたでしょうか?」私の問いかけに、みんなは作業の手を止めて、不思議そうに私の顔を見つめます。
「へっ?トナカイ牧場の人なんて誰もいないよ。なんでそんなことを聞くの?」
「先生から、私はトナカイ牧場に行って、ご飯作りのお手伝いをするのだと言われて来たんです。」と答えると、みんな笑いだしました。
「それはまんまと彼に騙されたんだ!」
私は初めて先生の冗談に気が付きました。
ちなみに、滞在している間はみんなで食事の支度をしました。そして、日本食が食べたいと懇願されて、豚汁と手巻き寿司を作りました。
つづく