
今年最後のお仕事を、本日無事に終えることができました。
新年のスタートは、1月7日からになります。
先週、母の納骨を滞りなく済ませました。
弟と叔母が我が家に一泊してくれて、夜遅くまで母の話をしました。
そこでは、私がこれまで知らなかった母の姿が、いくつも語られました。
私が長年「母とはこういう人」と思い込んできた像は、
実は私の視点から切り取った、ほんの一片だったのだと気づかされました。
母を知る人それぞれの記憶を聞くたびに、
母の輪郭は静かにほどけ、違う光を帯びていきます。
もしかしたら私は、
自分の中で作り上げた母の像を模範にしたり、
時には反面教師として生きてきたのかもしれません。
肉体から自由になった母は、
同時に、私の中で固まっていた「母という像」も
自由にしてくれたように感じています。
これから私は、母という存在を
どのように捉えなおして生きていくのか。
その問いは、私自身のこれからの生き方へと
静かにつながっていくように思います。
たくさんの方から
あたたかなお悔やみの言葉や、お花をお寄せいただきました。
その心遣いは、静かに私の胸の奥まで届いています。
この場を借りて、心より感謝申し上げます。
メールマガジンも、ひと月以上お休みをいただきました。
その間、ジャーナリングをしながら幼い頃の記憶を辿っていました。
何度も思い出したのは家族の食卓の風景でした。
とくに思い出すのは、学校がお休みの日の昼食。
食料品店を営んでいた両親の店の奥で、
お醤油瓶の入っていた空のカートンをひっくり返して机にし、
食パンにハムや野菜を挟んでサンドイッチを作ります。
私はいつもマーガリンを塗る係。
弟は近くの牛乳屋さんへ、一リットル瓶の牛乳を買いに行く役でした。
そんな記憶がよみがえり、
懐かしい母の味、父の味を思い出しながら、
毎日のようにキッチンに立っていました。
どんなに忙しくても、
家族みんなで、同じ食卓を囲む時間があったこと。
今思えば、あれはとても豊かな時間でした。
あの頃の食卓で感じていた、
何とも言えない温かさや、ただ一緒に在るという豊かさ。
思い返してみると、私はそれと同じ質感を、
いま自分のレッスンの場にも持ち込んでいるのだと思います。
声を出すこと以上に、
安心して呼吸をし、同じ時間を分かち合うことを大切にしたい。
あの食卓で育まれた感覚が、
形を変えて、いまも私の仕事の芯に息づいています。
今年一年、本当にありがとうございました。
どうぞ、あたたかな新年をお迎えください。
来年もよろしくお願いいたします。
明日も良い日になりますように。
今日も最後までお読みくださり、
ありがとうございました。
アトリエ・カンテレ 平井久仁子
