
「響きのある声」と聞くと、
どんな声を思い浮かべますか?
多くの人はボリュームのある声を
思い浮かべるかもしれません。
遠くまで届く声。
よく通る声。
存在感のある声。
もちろん、それも響きの一つです。
けれど、
私は長年声と向き合ってきて、
響きは大きさだけではないと感じています。
声が小さくても、深く響く声があります。
私には、響きは粒子のように感じられます。
粒の粗い響きもあれば、細やかな響きもある。
そして、その粒が隙間なく満ちている声があります。
以前、私は100人ほど入るホールで
マイクを使わずに歌ったことがありました。
コンサートの後、
一組のご夫婦が声をかけてくださいました。
「あなたの声は、
まるで隣で歌ってくれているように聞こえました」
私はその言葉を今でも覚えています。
私の声はホールいっぱいに広がるような
響きではなかったのかもしれません。
けれど、
一人ひとりのところへ、
そっと降りていくような響きだったのかもしれません。
私にとって響きの世界は、
物ではありません。
技術でもありません。
もっと生き物に近いものです。
歌う人が響きの存在を信じ、
その世界と一緒に歌おうとするとき、
響きは喜ぶように感じます。
まるで、
「やっと気づいてくれた」
と言うように。
そして少しずつ、
響きの世界を見せてくれるようになります。
私たちはつい、
自分一人で何とかしようとします。
もっと頑張ろう。
もっとうまくやろう。
もっと良い声を出そう。
けれど、
響きの世界に入るときは、少し違います。
自分が先頭に立つのではなく、一歩下がって、
そして耳を澄ませる。
すると不思議なことに、
声が教えてくれるようになります。
ここが詰まっているよ。
そこに力が入っているよ。
こちらへ響きを通してごらん。
もちろん最初は、
響きがどうしてほしいかなんて、
分かりません。
だから先生が必要です。
けれど、
本当に大切なのは、
自分で聴けるようになることです。
自分の声が何を語っているのか、
自分で分かるようになることです。
私は、
その入り口を案内する人でありたいと思っています。
響きの世界は、
説明を聞いているだけでは分かりません。
本を読んでも。
誰かの体験談を聞いても。
最後は、
自分で声を出してみるしかないのです。
そして、自分の声に耳を澄ませてみる。
そうしているうちに、ある日ふと気づきます。
自分が響きを探していたと思っていたのに、
実は響きの方も、
ずっとこちらを待っていてくれたのだと。
声を出すたびに、
響きの世界の扉は少しずつ開いていきます。
その向こうに何があるのか。
それは、歩き始めてみた人だけが知っています。
アトリエ・カンテレ 平井久仁子
