
これまでの記事では、
「響き」は特別な才能ではなく、
誰の中にも眠っているものだというお話をしてきました。
今日は、
その響きが最も姿を現しやすい「音」
についてお話ししたいと思います。
それは 「Ng」という音 です。
「えっ、Ng?」と思われるかもしれませんね。
歌を勉強したことのある方なら
耳にしたことがあるかもしれませんが、
実はこの音には、とても不思議な性質があります。
響きは、それだけでは存在できません。
必ず何らかの「音」に宿ります。
私たちが普段話したり,
歌ったりするときの音は、
大きく分けると母音と子音があります。
ところが、
Ngという音は少し違います。
この音は、
母音にも子音にも分類できない、
とても特別な存在です。
舌の先を下の歯の裏に付けて、
舌の奥を上あごにつけて発声すると、
音は鼻へと抜けていきます。
すると、鼻の付け根や目と目の間の奥が、
ふわりと振動するような感覚が生まれます。
まるで響きが、
「ここにいるよ」と教えてくれるようです。
このNgの音を
響きの世界へ入る最初の扉として、
私はとても大切にしています。
Uncovering the Voiceの
生みの親であるヴェルベック女史は、
この音にまつわる忘れられない出来事がありました。
あるオペラ公演のとき、
一人のテナー歌手が彼女にこう言いました。
「あなたのNgの響きは、他の母音や子音とはまったく違う。
とても自由で、軽やかで、響きに満ちている。
他の音を歌うときも、そのように歌えばいいのに。」
そのときの彼女は、
その言葉を深く受け止めることはありませんでした。
けれど、その後、
声帯に麻痺が起こり、思うように歌えなくなります。
声を失うという大きな出来事の中で、
彼女はふと、そのテナー歌手の言葉を思い出しました。
そして、
自分が無意識に出していたNgの音を、
今度は意識的に探究し始めたのです。
その探究が、
やがて彼女自身の声を
再び目覚めさせることにつながっていきました。
私がこの話を初めて聞いたとき、
「響き」は力で作るものではないのだと感じました。
響きは、頑張って引き出すものではなく、
本来そこにあるものに耳を澄ませることで現れてくるものなのです。
Ngという音は、
そのことを私たちに教えてくれます。
ヴェルベック女史はこのNg音で声を取り戻し、
そして次に母音を足して、
響きを豊かなものへと育てていきました。
次回は、
私たちが普段使っている「母音」について、
お話ししたいと思います。
アトリエ・カンテレ 平井久仁子
