
先日、上野の東京都美術館で開催されている
アンドリュー・ワイエス展に行ってきました。
彼の絵をじっくり観るのは今回が初めてでした。
最初の印象は、
「セピア色の写真のようだな」というもの。
色彩は控えめで、乾いた空気が漂っていて、
一見すると少し冷たく感じる絵でした。
けれど、じっと見ているうちに、
その静かな色の奥に、
人の気配や、そこに流れていた時間のようなものが
息づいているのを感じました。
描かれていないもののほうが、
むしろ強く語りかけてくるような感覚。
そして、なつかしさを感じました。
なぜだろう、と考えていたら、
フィンランドで暮らしていた頃のことを思い出しました。
私が住んでいた家も、
通っていた学校も、
100年を超える古い建物でした。
屋根裏部屋には、
その家に暮らしていた家族の写真や、
使われなくなった家具がひっそりと残されていて、
木の匂いと長い時間の積み重なりが、
空気の中に溶け込んでいました。
あの屋根裏部屋の匂い。
そこにいた人たちの気配。
生活の残り香。
ワイエスの絵を見ていたとき、
その記憶がふっとよみがえってきたのです。
行ったことのないアメリカの風景なのに、
どこか懐かしく感じたのは、
場所そのものではなく、
そこに向けられていた“まなざし”に
懐かしさを感じたからかもしれません。
ワイエスの描く家や部屋には、
そこに生きた人たちへの
あたたかで深い眼差しがありました。
その眼差しに、
私のなかにもある何かが
そっと触れたような気がしたのです。
絵を観るというより、
絵の奥にある“気配”に触れた時間でした。
そしてふと思ったのです。
響きも、
こうした“目に見えない気配”と、とてもよく似ていると。
響きというものは、
その人の佇まいや、沈黙の奥にあるものまで含めて、
はじめて立ち上がってくるものがあります。
ワイエスの絵画は、
響きの世界とどこか似ていると思いました。
アトリエ・カンテレ 平井久仁子
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